映画「アルキメデスの大戦」
大筋は、戦艦金剛の退役に伴う新造艦を大艦巨砲主義で行くのか、これからの戦術に則した空母とするのか。
それぞれを主張する陣営の駆け引きにおいて、「数学的な観点」から戦争回避のために巨大戦艦建造を阻止しようというストーリーです。
国力に大差があるアメリカを相手に戦争をしても勝てるわけがない。
国の力を誇示する象徴として巨大戦艦など作れば、それに浮かれた国民が国を挙げて戦争に突き進むことになる。
万が一にも戦争になった場合に短期で講和するためにも、これからの戦術の主力となる航空機を運用できる空母を建造すべき。
こういった合理的な考えを持った非戦派が、100年に一人の天才的数学者を迎え入れて戦艦の建造費を算出し、主戦派の目論見を打ち砕こうとします。
大艦巨砲主義の象徴たる巨大戦艦が造られ、航空機によってタコ殴りにされて轟沈した厳然たる歴史がある以上、最終的に帰結するところは明白ではあります。が、そこに至る経緯に一つのフィクションとしてストーリーを与えるという、興味深い着眼の作品でした。
非戦派の人々も結局は戦争屋だったり、机上の設計が実現する姿を見たい技術屋だったりで、それぞれの思想において戦争に向かっていく流れは食い止められないという哀しい性を見出すことになります。
それに対して主戦派の設計技師は、静かな計略性や思慮深さが光る人物でした。
建造費を不当に安く計上したことが暴かれた際には、単純な計算だけではない、敵国を欺くための駆け引きを明らかにします。それでいて、そのあとでさらに秘めた本音も告白します。
巨大戦艦による高揚感などなくても戦争への流れは止められない。そして、戦争になったら日本人はほどほどで負けるということはできない。
そうなった時に、国の象徴たる浮沈戦艦が沈められれば負けを認めざるを得ない。つまり、負けを認めさせるため、沈められることを目的として建造するというのです。
映画の冒頭がその巨大戦艦の最期のシーンから始まるのもドラマチックです。
戦争へ向かう愚かさ、戦争のむなしさ、それが分かっていながら戦争に突き進んでしまう世論の高揚感など、現代に生きる私たちは重々承知しているはずです。
それでも隣国との揉め事で自国政府が断固たる措置を取ると、快哉を叫びたくなる。世界のそこここで一触即発の状態となっているキナ臭い今の時代に、戦争に向かっていく集団心理について改めて考える良いきっかけになる作品でした。
原作はコミックで、Wikipediaによれば映画化された以上のストーリー展開があるらしくて気になります。
とは言え連載中で既刊17巻と言われては、おいそれと手が出せません。(><)
(byぶらっと)
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