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2015年10月14日 (水)

劇場版「屍者の帝国」

ノイタミナの「Project Itoh」、伊藤計劃氏の劇場アニメ3部作の1作目を見てきました。
写真は劇場でもらった栞と、アニメカバーのかかった文庫本です。Shisyaアニメ化発表の際には、「虐殺器官」→「ハーモニー」→「屍者の帝国」の順で公開予定だったのに、いつの間にか「屍者の帝国」が1番になってたんですね。さらに、9月末になって制作会社が倒産したことで「虐殺器官」の公開が未定になり、反動で「ハーモニー」が2番目になり、公開順が完全に逆転しました。いや、せめてそこだけでも順番は守ろうよ。(^^;)

春に映画化が決まったというニュースを見て、何年か前に読んだ虐殺器官を読み返し、未読だったハーモニーも続けて読んだんですよ。で、blogに感想を書きかけたものの、半端なことが書けないと悩んでいるうちにお蔵入りしてました。近々見直してアップできると良いなぁと思います。

「屍者の帝国」は伊藤計劃氏がプロローグまで執筆されたところで亡くなられ、同期ということで円城塔氏が続きを書かれました。そんな作品なので未読だったのですが、映画を見てどこまで伊藤計劃氏が考えていたのか確認したくてプロローグだけ読みました。

そんなわけで、映画の感想と円城塔氏によるストーリーの補完について思うところを記しておきたいと思います。
ネタバレなしには感動も書けそうにないので、「続きを読む」に隠しておきます。小説未読・映画未鑑賞で情報を遮断したい方はこの先は読まないようにお願いします。

(byぶらっと)

時代は、19世紀末。
100年ほど前にフランケンシュタイン博士によって死体を蘇らせる技術が成立し、最初は嫌悪感を持っていた庶民も家族が戦争で死ぬよりはマシと兵士として受け入れ、その後単純労働の担い手としてすっかり経済活動の一翼を担うようになったという世界観。
ただ、死体に魂を持たせる技術だけはフランケンシュタイン博士が秘匿したため、博士による最初の1体(所謂“フランケンシュタイン”、作中では”The One”)以外は命令通りに動くだけの木偶人形のようなもの。その失われた技術を求めて、英国政府の諜報機関と主人公とThe Oneが繰り広げるスチームパンクアクションです。

主人公は医者のジョン・H・ワトソン。この後アフガニスタンに行くストーリー展開になるらしい。諜報機関の指揮官が通称“M”で、その弟はモンタギュー街で探偵をしている。ここまではプロローグに描かれているので、パスティーシュ小説を目指していたことは明白です。
フランケンシュタイン、シャーロック・ホームズと来たら、円城氏の執筆部分でエジソンが出ようがノーチラス号が出ようが、スチームパンクアクションとして楽しめます。

ただ、“M”の狙いを「生者をすべて排除して魂を持たない死人だけの社会にすれば、争いのない平和な世の中が実現できる」としたところは、納得できませんでした。
なんか、ハーモニーと被るんですよね。(^^;) 伊藤計劃氏が書きそう(というか書いた実績がある)といえばそうなんですが、果たして氏が同じようなテーマをもう一度描いたでしょうか。
どこまでプロットが出来ていたのか、編集者も含めてどのような引継ぎがあったのか不明なので、今となっては書いたとも書かなかったとも言えません。が、個人的に「納得できない」のです。その後の展開も、死者として魂を失ったといよりもゾンビになっただけみたいな、大元の設定を台無しにするようなものでしたし。
「パスティーシュ小説として単純に娯楽作品を目指していた」と言われた方が、まだ納得しやすいです。

冒険活劇としては面白かったですが、“M”やThe Oneの狙いについて疑問の残る作品でした。
さて、購入してしまった文庫版「屍者の帝国」の1章から先を読むべきか読まざるべきか。悩ましいところです。

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コメント

あぁ。
映画はどうしようかと思ってたんだけど、何かだいぶ改変されているらしいですな。
そもそも、フライデーはワトソンの旧友じゃないし。(笑)

えっと、原作は読んだ方が良いと思うよ。
『パスティーシュ』と云うコトも含めて。

読み終わったら、また来るから。(゚O゚)\(- -;

投稿: 羚羊亭 佗助 | 2015年10月15日 (木) 00時17分

逆にこちらは原作を読んでないので、改変されているのかさっぱり分かりませんが。
やっぱ読んだ方が良いですか。
まぁ、そのうち気が向いたらってことで。

投稿: ぶらっと | 2015年10月16日 (金) 00時18分

映画観て来ました。

ナルホド。
原作とだいぶ違う…。σ( ̄、 ̄=)ンート・・・

それこそ、ぶらっとさんが指摘してるMの目的が一番違う。
あのクライマックスのロンドン塔で解析機関やらワトソンやらに結晶構造が貼り付いて行く描写について、映画はヴィジュアルだけで押し切ったのね。
f^_^;)
原作読んでない人は、あの光る結晶は何に見えたんだろう?
だから、Mの目的があんな俗物的なモノになっちゃったんだろうね。

もっとも、映画と原作では根本的にテーマが違うんだね。
ま、パンフにも書いてあったけど、ワトソンとフライデーの関係性でエピソードとキャラクターを整理して、繋ぎ直したんだね。
でも、そのお陰で、ラストのフライデーの独白はより深い意味を持ったのも事実。
原作だとフライデーの自我は、ワトソンのラストでの選択の結果として、生まれたモノだったから。

映画としての結末のつけ方としては、これはこれでアリかなぁと思った。

原作は原作として好きだけど。(笑)

に、しても、何かこうとってもBL臭が漂っているように感じたのは、僕だけ?f^_^;)
ワトソン×フライデー
のみならず
アレクセイ×ニコライ
までカップル成立してるのには吃驚だ。(笑)

投稿: 羚羊亭 佗助 | 2015年10月24日 (土) 23時38分

おぉ、原作とアニメはそんなに違いましたか。
原作未読だと「あの光る結晶が何に見えたか」というより、まったく意味不明でした。(^^;)

原作の方が真っ当そうですね。
やはり読んでみた方が良さそうです。

パンフはちょうど売り切れで買えなかったんですよ。
シネコン形式の劇場なので、パンフだけ買いに行けるんですが、忙しくって未入手のままです。

腐女子の方々ならアレ×ニコとかネタにできそうですね。
なにせ、鉛筆と消しゴムでも妄想できるらしいですから。
もっとも、今は「おそ松さん」の方が惹かれるものがあるようですが。\(^o^)/

投稿: ぶらっと | 2015年10月26日 (月) 00時42分

> もっとも、今は「おそ松さん」の方が惹かれるものがあるようですが。\(^o^)/

『おそ松さん』良いよね。( • ̀ω•́ )✧

投稿: 羚羊亭 佗助 | 2015年10月27日 (火) 10時21分

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