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2014年1月10日 (金)

台湾の軍港

msnサイトの産経ニュースより、ちょっと長いですが全文引用させていただきます。

---(ここから引用)---

台湾・高雄に日本の「軍艦」祭る新堂完成 日本統治時代の軍港、今も追悼供養2014.1.10 07:38

 日本の「軍艦」などを祭っている台湾南部・高雄市の道教霊廟(れいびょう)「紅毛港保安堂」の新堂が完成し、仮堂から神像や神艦を遷座する落慶祭がこのほど行われた。
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完成した保安堂新堂に神艦「にっぽんぐんかん」を遷座する管理委員会のメンバーら=2013年12月29日、台湾・高雄市で(吉村剛史撮影)

 高雄は日本統治時代、海軍と軍港の街として知られた。同堂によると、終戦直後、漁師が漁網にかかった頭蓋骨を地元の廟に祭って慰霊したところ、大漁が続いたため、1953年に保安堂を建立。その後、頭蓋骨が「日本海軍38号哨戒艇の艇長」を名乗って漁師の夢枕に立ち、「部下を日本へ連れて帰れなかったのが残念」と語ったと伝えられている。そこで漁師有志が90年ごろ、「魂だけでも帰れるように」と、「日本の軍艦」の模型を作り神艦「38にっぽんぐんかん」として奉納、追悼供養したという。

 港に面した旧堂は再開発で2007年に移転を迫られ、堂管理委員会では神艦などを仮堂に遷座し、08年から3500万台湾元(約1億2200万円)を投じて新堂を建設。うち100万元(約350万円)は邦人有志の寄付という。

昨年末に行われた落慶祭には、陳菊・高雄市長も参列した。

 市中心部から遠く、邦人参拝客は少ないが、亡父が海軍志願兵だった縁などから毎年、団体で慰霊訪問を続けてきた福岡市の専門学校経営、小菅亥三郎さん(66)は「日本人としてはとてもありがたいこと」と謝意を表明。管理委員会常務監察役の趙麗恵さん(53)も「新堂で新年を迎えられてうれしい。日本からも多くの方にお参りにきてほしい」と語っていた。(高雄 吉村剛史)

---(ここまで引用)---

普段はニュース本文の引用のみで写真は貼らないのですが、今回は写真もお借りして掲載させていただきました。
近年アジアの一部では旭日旗への批判が高まっているという報道もありますが、それがアジアの総意ではないことがこの写真からも明らかです。
集中線を見ただけで正気を失う人もいるらしいですが、日本の悪かったところをだけでなく良かったところも認めてくれるのは、とてもありがたいお話です。

日本からお参りする人は少ないとのこと。まぁ、このように祀られていること自体が知られていないんだと思います。
次に台湾に行く機会があれば、ぜひお参りしたいと思いました。

ちなみに、産経さんは1年近く前にも詳しく取り上げていたようで、関連ニュースとして掲載されていました。うちからもリンクを貼っておきます。

(byぶらっと)

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